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【日本語チューター】網走の印象

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網走あばしりについての印象いんしょうなにですか?」かれたら、去年きょねん10がつまえは、わたしかなら厳寒世界げんかんせかいわりとこたえていました。映画えいがやアニメでっていた網走はそのイメージでした。偶然ぐうぜんJR北海道期間限定ほっかいどうきかんげんてい6日間周遊むいかかんしゅうゆうパスを発見はっけんして、友達ともだち一緒いっしょ旅行計画りょこうけいかくてました。

 短期たんきバイトをえ、トマムから出発しゅっぱつして道東どうとうかい、釧路くしろ根室ねむろ、網走、旭川あさひかわ稚内わっかない終点しゅうてん札幌さっぽろでした。南国なんごくまれの私には10中旬ちゅうじゅんはもう十分じゅうぶんさむくて、網走のふゆはどれくらい寒くなるのでしょうとおもいながら、鏡橋かがみばしあおそら白雲はくうん水面すいめんうつっていました。刑務所けいむしょ正門せいもんまえ紅葉もみじ紫陽花あじさい同時どうじいていて、不思議ふしぎ景色けしきでした。

 ひろ博物館内はくぶつかんない明治時代めいじじだいから網走監獄かんごく歴史れきし囚人しゅうじん生活せいかつくわしく展示てんじしています。そのなか一番いちばんつよこころに映ったのは体感劇場たいかんげきじょうの「あか囚徒しゅうともり」、囚人しゅうじん看守かんしゅ対話たいわ 130年前ねんまえ中央ちゅうおう道路どうろ開削かいさく現場げんば再現さいげんされ、むかし人権問題じんけんもんだい開拓かいたく艱難辛苦かんなんしんくくらべると、いま自由じゆう便利べんり生活せいかつ本当ほんとうにありがたいです。

 かえる前に監獄食堂しょくどう限定げんてい豚丼ぶたどん定食ていしょくべて、からだあたたかくなってきて、すごくおいしかったです。その一日いちにち開拓時代かいたくじだい人々ひとびとおもいや自然しぜんうつくしさをつうじて、厳寒世界のわりにあざやかな色彩しきさいをつけていました。

張月綺 

                               

kokoka 日本語チューターブログチーム



【日本語チューター】北陸旅行(ほくりくりょこう)

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近江町市場


 JR西日本(にしにほん)の「どこでもドアきっぷ」というおトクな切符(きっぷ)利用(きっぷ)して、(とも)だちと2(ぱく)()北陸(ほくりく)(たび)()かけました。

 電車(でんしゃ)窓越(まどご)しに雪景色(ゆきげしき)(なが)め、2時間後(じかんご)金沢駅(かなざわえき)(とう)(ちゃく)しました。最初(さいしょ)()(うつ)ったのは金沢のランドマークである「鼓門(つづみもん)」でした。モダンな駅舎(えきしゃ)(まえ)に鼓をイメージした二本(にほん)(はしら)()てられ、(めずら)しい風景(ふうけい)でした。駅の(ちか)くにある民宿(みんしゅく)予約(よやく)していたのですが、駅のコインロッカーに荷物(にもつ)()れました。さっそく富山(とやま)北陸(ほくりく)新幹線(しんかんせん)()かいました。富山駅から徒歩(とほ)15(ふん)()く、富岩(ふがん)運河環水(うんがかんすい)公園(こうえん)にある世界一(せかいいち)(うつく)しかったスタバに()きました。友だちによると「(いま)や世界一美しいスタバは福岡(ふくおか)にある」とのことです。(さいわ)いなことに、()れて(あたた)かくなってきたので、屋外(おくがい)でコーヒーとスイーツをゆったりと心地(ここち)よく(たの)しむことができました。

 夕方(ゆうがた)金沢に(もど)り、温泉(おんせん)(たの)しみたかったのですが、貧乏(びんぼう)旅行(りょこう)のためスーパー銭湯(せんとう)に行くことにしました。あいにく、露天(ろてん)風呂(ぶろ)利用(りよう)中止(ちゅうし)となり、いやながらも(うち)風呂にしか(つか)かることができませんでした。翌日(よくじつ)自転車(じてんしゃ)移動(いどう)するという金沢市内(しない)観光(かんこう)計画(けいかく)をもとに、(よる)に楽しめるように(あさ)(はや)近江町(おうみちょう)市場(いちば)安価(あんか)()き生きのカニなどの(うみ)(さち)()いました。いったん民宿に()って(かえ)ってから、定番(ていばん)の観光スポット兼六(けんろく)(えん)出発(しゅっぱつ)しました。天気(てんき)がいいというのも残念(ざんねん)なことです。雪害(せつがい)から樹木(じゅもく)(まも)るという「(ゆき)つり」を見学(けんがく)しました。金沢で有名(ゆうめい)(はく)(いち)という(みせ)で、金箔(きんぱく)ソフトクリームを()べました。

 最後(さいご)()に、銅器(どうき)製造(せいぞう)で有名な高岡市(たかおかし)に行きました。この(たび)、カニを楽しむこと、金沢特有(とくゆう)の雪つりを目で(たし)かめること、そして日本(にほん)(さん)大仏(だいぶつ)の一つである高岡大仏を拝観(はいかん)することができたのは、有意義(ゆういぎ)旅行(りょこう)になりました。

 

林(リン)

 

Kokoka日本語チューターブログチーム

 




【日本語チューター】日本の運動会(うんどうかい)

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 私はベトナム人のニュンです。2年前(ねんまえ)に主人(しゅじん)は日本へ勉強(べんきょう)しに来(き)た時(とき)、私と3歳(さい)の娘(むすめ)もいっしょに日本へ来た。娘が保育園(ほいくえん)に入(はい)ってはじめて、日本の運動会がわかりました。運動会を準備(じゅんび)するために、1か月前に子供(こども)たちは練習(れんしゅう)をはじめました。娘の保育園は普通(ふつう)10月の週末(しゅうまつ)に行(おこな)われています。その日、子供(こども)と両親(りょうしん)か、祖父母(そふぼ)がいっしょに来ます。開始(かいし)の時間(じかん)に子供たちはいっしょに集(あつ)まります。親(おや)たちはカーペットに座(すわ)って応援(おうえん)します。運動会で子供たちは全部(ぜんぶ)運動します。小さな子供たちは簡単(かんたん)な運動します。もっと上の子供はむずかしいゲームをします。昼(ひる)になるとちょっと休(やす)みます。その時(とき)、子供と家族(かぞく)は持(も)ってきたお弁当(べんとう)を食(た)べます。日本のお弁当は本当(ほんとう)にきれいです。外(そと)で食べるのはおいしくなります。子供たちはおやつを交換(こうかん)します・笑(わら)いの声(こえ)がどこでも聞(き)こえます。あとで子供たちはゲームをし続(つづ)けます。子供たちの頑張(がんば)ることを見(み)ると大(おお)きくなったと思(おも)います。3回、運動会を見たのに秋(あき)になるとまた運動会をお楽(たの)しみ気持(きも)ちがあります。

グエン  チィ ニュン

【日本語チューター】秋(あき)の仕上(しあ)げ「キムジャン」

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 私は五年前(ごねんまえ)に宣教師(せんきょうし)の夫(おっと)と3人の子供(こども)たちを連(つ)れ、韓国(かんこく)から日本に来(き)ました。なるべく早(はや)く日本の生活(せいかつ)に慣(な)れようと和食(わしょく)を楽(たの)しんでいましたが、ふるさとの「キムジャン」の味(あじ)が、あまりにも恋(こい)しくて耐(た)えられませんでした。
 キムジャンとは秋の暮(く)れに収穫(しゅうかく)した白菜(はくさい)や大根(だいこん)などで冬(ふゆ)の間(あいだ)、食べ続(たべつづ)けられる大量(たいりょう)のキムチを漬(つ)ける風習(ふうしゅう)、または、そのキムチを意味(いみ)します。大量に漬け、いろんな具材(ぐざい)をたっぷり入(い)れ、低温(ていおん)で熟成(じゅくせい)することができるキムジャンは、キムチの中(なか)で一番(いちばん)美味(おい)しいと言(い)われています。韓国人にとってキムチとは、食卓(しょくたく)に欠(か)かせない存在(そんざい)であり、美味しいキムチができるようにいろんな工夫(くふう)がされてきました。
 昔(むかし)は、冬にキムチが凍(こお)らないように庭(にわ)に深(ふか)く穴(あな)を掘(ほ)って甕(かめ)を埋(う)めて、そこにキムチを入れて保存(ほぞん)しました。人手(ひとで)がたくさん要(い)るので、女性(じょせい)だけではなく、家族全員(かぞくぜんいん)、さらに近所(きんじょ)の人たちの力(ちから)を合(あ)わせて行(おこな)う大(おお)きな行事(ぎょうじ)でした。20年くらい前からキムチ冷蔵庫(れいぞうこ)が普及(ふきゅう)し、土に埋める手間(てま)がなくなりました。さらに、キムチ冷蔵庫に入れると、1年たっても美味しく熟成(じゅくせい)してくれるので、長い間(ながいあいだ)キムジャンの味を楽(たの)しむことができます。最近(さいきん)は核家族化(かくかぞくか)になり、近所との往来(おうらい)も減(へ)ってきたので、塩漬(しおづ)けした白菜を買って味付(つ)けだけをする人も多(おお)いですし、キムチを買って食べる人も増(ふ)えています。
 本場(ほんば)の味を真似(まね)するのはなかなか難(むずか)しいですが、一人で漬けるよりみんなで漬けた方(ほう)が、もっと美味しくなるのです。来年(らいねん)の秋、是非(ぜひ)一緒に漬けてみませんか。

水曜日午前クラス、学習者 パク・ジヨン
kokoka日本語チューターブログチーム

写真の説明
上は、キムジャンの材料。
下は、白菜キムチの出来上がり。








【日本語チューター】曽爾高原(そにこうげん)

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 今日(きょう)は曽爾高原に行(い)ってススキを見(み)ました。京都(きょうと)から奈良(なら)に行くときに、ほんとうは2時間(じかん)で着(つ)くはずなんだけど車(くるま)が多(おお)くて交通渋滞(こうつうじゅうたい)していました。4時間をかけてやっと奈良に着きました。曽爾高原に生(は)えているススキが自分(じぶん)の身長(しんちょう)よりも高(たか)いことにビックリしました(150cm以上)。また山(やま)に登(のぼ)って上(うえ)から見(み)るとススキが全校(ぜんこう)ダンスしている私の学校(がっこう)のみんなみたいにならんでいて、すっごくきれいだった。山に登るのがめっちゃ大変(たいへん)でつかれました。4時30分ぐらいに、私は人生(じんせい)はじめてこんな高い山に登って夕日(ゆうひ)を見ました。あまりにもきれいだったから、おばあちゃんとおじいちゃんにビデオ通信(つうしん)しながら見せました。また、私はススキを使(つか)って旗(はた)みたいな物(もの)を作(つく)ったけど、お父(とう)さんが「捨(す)てて」と言ったから捨てました。理由(りゆう)は2つありました。1つ目(め)、誰(だれ)もそんなものを持(も)って歩いていないから。2つ目、中国(ちゅうごく)では草(くさ)を持って歩くと親(おや)に売(う)られる意味(いみ)だったからです。そして夜(よる)の曽爾高原はとてもこわかったです。まっくらだったから、曽爾高原から奈良県奈良市に行くときの道(みち)が山道(やまみち)で、前後(ぜんご)にだれもいなくて道がくねくねしていてめっちゃこわくて、心臓(しんぞう)がとびだしそうになりました。

王 珺煕
 
王さんの娘(むすめ)さん(小学校5年生)珺(くん)ちゃんが曽爾高原の日帰(ひがえ)り旅行記(りょこうき)とスケッチをブログに載(の)せてくださいました。ありがとうございました。

kokoka日本語チューターブログチーム 

【日本語チューター】わたしが京都を好きな理由

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 わたしはホン・グエンです。京都大学(きょうとだいがく)でべんきょうしました。京都ですばらしいときがありました。学生生活(がくせいせいかつ)の中(なか)で、しけんしつのはたらき、えんそく、そしてきょうぎかいのさんかがいちばんよくおぼえています。大学の先生(せんせい)はねっしんだし、まじめだし、けいけんもあります。大学でいろいろな国(くに)からきた友(とも)だちにあいました。この友だちの中でしんゆうになりました。大学ですごいけいけんがありました。

 京都はしずかなところと、にぎやかなところがありますから大好(だいすき)きです。わたしの大好きなばしょは、かも川(がわ)、吉田神社(よしだじんじゃ)、河原町(かわらまち)と京都駅(きょうとえき)です。かも川岸(がわぎし)は広(ひろ)いし、桜(さくら)の木(き)もたくさんあるし、しずかです。はるや、なつや、あきには昼(ひる)ごはんをたべて、おしゃべりしながらけしきをみます。それに、おおくのグループはうたうし、おどるし、おんがくのがっきをひきます。吉田山は大学のちかくにあります。吉田山からとけい塔(とう) がみえます。
 
 河原町と京都駅はよりにぎやかです。流行服(りゅうこうふく)のみせとレストランがたくさんあります。わたしはしょくじが好きですから、河原町と京都駅へたべに行(い)っています。日本のりょうりの中で寿司(すし)がいちばん好きです。よく寿司のむさしへ行きました。このレストランは京都駅のちかくにあります。それにベトナムりょうり のレストランもあります。よく「ニャ・ベトナムレストラン」へ行きました。これは日本人のレストランですがとてもおいしいし、ベトナムの国旗(こっき)と傘帽子(かさぼうし)もあるし、きれいだし、広いです。それに京都のおまつりが好きです。いちばん好きなのが「節分祭(せつぶんさい)」です。日本人のともだちからはじめてしりました。
 
ホン グエン 

【日本語チューター】私(わたし)の夢(ゆめ)

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光之舞・道
 
 私は日本(にほん)がとても好(す)きなので、去年(きょねん)の8月(がつ)に京都(きょうと)に来(き)ました。台湾(たいわん)の嘉義(かぎ)から来ました。嘉義は台中(たいちゅう)と台南(たいなん)の間(あいだ)にあります。有名(ゆうめい)な阿里山(ありさん)は嘉義から一番(いちばん)近(ちか)い山(やま)です。

 私の趣味(しゅみ)はダンスをすることです。4年前(ねんまえ)に、「光之舞・道(ひかりのまい・みち)」を習(なら)ったら、だんだん好(す)きになりました。光の舞は、ステップを学(まな)ぶのではありません。体(からだ)が一歩一歩(いっぽいっぽ)動(うご)く動作(どうさ)から自分(じぶん)の本来(ほんらい)の動きを導き出(みちびきだ)します。生命(せいめい)に対(たい)する感動(かんどう)と希望(きぼう)を呼び戻(よびもど)します。踊(おど)りができるできないに関(かか)わらず、光の舞を学ぶことを通(つう)じて、自分(じぶん)の命(いのち)の最(もっと)も美(うつく)しい場面(ばめん)が輝(かがや)きます。京都の神社(じんじゃ)で着物(きもの)を着(き)て踊りたいです。

 私は京都の生活(せいかつ)がとても好きだから、京都で働(はたら)きたいです。いま、kokokaで日本語(にほんご)を勉強(べんきょう)しています。kokokaの先生(せんせい)はとても熱心(ねっしん)だし親切(しんせつ)です。とてもいい勉強になります。毎日(まいにち)kokokaに来(き)ています。いろいろな国(くに)の人(ひと)と一緒(いっしょ)に日本語を勉強しています。たくさん友達(ともだち)ができました。日本語は難(むずか)しいので勉強が大変(たいへん)です。でも、楽(たの)しいです。

 私は日本語を勉強しながら、会社(かいしゃ)を設立(せつりつ)する予定(よてい)です。会社の販売(はんばい)予定の商品(しょうひん)は、深(ふか)い睡眠導入(すいみんどうにゅう)と集中力(しゅうちゅうりょく)を高(たか)めます。台湾で開発(かいはつ)されました。私の夢は三(みっ)つあります。日本人のように日本語を話(はな)すこと。光之舞・道を日本人に教(おし)えること。睡眠の健康相談(けんこうそうだん)をすることです。三つのことをいつも私の夢だと思っているから、私に「がんばってください」と言(い)っています。

呂(ロ シーン オーア)幸子

光之舞・道は台湾で流行(りゅうこう)しています。写真(しゃしん)は筆者本人(ひっしゃほんにん)です。四月(しがつ)に、観光客(かんこうきゃく)がいない八坂神社(やさかじんじゃ)の境内(けいだい)で友(とも)だちに撮(と)ってもらったそうです。光之舞・道の動画(どうが)は、ユーチューブで見られます。

kokoka日本語チューターブログチーム

【日本語チューター】和菓子(わがし)職人(しょくにん)をめざして

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 皆(みな)さん、初(はじ)めまして。南(みなみ)フランス生(う)まれのドリアンと申(もう)します。現在(げんざい)、私(わたし)は京都(きょうと)で和菓子の勉強(べんきょう)をしています。将来(しょうらい)は、製菓衛生(せいかえいせい)の国家試験(こっかしけん)を受(う)けます。

 今(いま)はコロナ感染症(かんせんしょう)のせいで、大変(たいへん)な時期(じき)になっております。そのような中(なか)、少(すこ)し「甘(あま)いお話(はなし)」をしたいと思(おも)います。皆さんにとって、元気(げんき)づけになればなと思います。

 この写真(しゃしん)は、この前(まえ)和菓子の実習(じっしゅう)授業中(じゅぎょうちゅう)に私が作(つく)ったものです。中身(なかみ)の「白餡(しろあん)」を「練り切り(ねりきり)」という生地(きじ)で包み込(つつみこ)んだお菓子です。詳(くわ)しく説明(せつめい)します。デリケートな練り切りとすっきりした甘味(あまみ)のある漉し餡(こしあん)が原料(げんりょう)です。細(こまか)かくて技術的(ぎじゅつてき)な作業(さぎょう)がかかることから「上生菓子(じょうなまがし)」といいます。京都風(きょうとふう)のお茶席(ちゃせき)でよく出(だ)されるものです。今回の形は、写真右(みぎ)が「菊(きく)」で左(ひだり)が「桜(さくら)」です。古(ふる)くからの代表的(だいひょうてき)なデザインの和菓子です。

 和菓子を「道(どう)」として選(えら)んだ理由(りゆう)について書(か)きます。私が初めて来日(らいにち)した最初の日(さいしょのひ)に参加(さんか)できたお茶席がきっかけだといえます。和菓子の世界に触(ふ)れたその時から興味(きょうみ)が膨(ふく)らみました。ついに自分(じぶん)ができるだけその文化(ぶんか)を持続(じぞく)していきたい気持(きも)ちを心(こころ)に抱(いだ)くようになりました。そして、とうとう和菓子職人をめざすようになりました。

 最後(さいご)に皆さんにメッセージを送(おく)りたいと思います。辛(つら)いこの時代(じだい)では、誰だって今後(こんご)の人生(じんせい)について不安(ふあん)を感(かん)じていることと思います。しかし、そんな時こそ暇(ひま)な時間を作り、静(しず)かな場所(ばしょ)でお茶などと一緒(いっしょ)にお菓子をゆったりと楽(たの)しんでみてください。一安心(ひとあんしん)できると思います。是非(ぜひ)ともやってみてください。

                          ドリアン(Dorian)~道裡庵

          kokoka  日本語チューターブログチーム
                           



【日本語チューター】日本に着いた日

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2020.2.16 村上さん、タンさん
この記事(きじ)は今年(ことし)2月(がつ)12(にち)にいただいていたものです。掲載(けいさい)が遅(おそ)くなりましたこと、お詫(わ)びいたします。
                                      
 日本(にほん)に留学(りゅうがく)する機会(きかい)を得(え)たら、誰(だれ)でも嬉(うれ)しいでしょう。大学(だいがく)に入(はい)るまで日本について知(し)りませんでした。私(わたし)はそのような機会(きかい)を思(おも)い掛(が)けなく得ましたので、嬉しかったです。私の一番(いちばん)嬉しかった日(ひ)は日本に着(つ)いた日(ひ)です。
 去年(きょねん)の9月(くがつ)6日(むいか)に、私はドンムアン空港(くうこう)から関西(かんさい)空港まで出発(しゅっぱつ)しました。6時間(じかん)が経(た)ち、日本に着きました。それから、私は京都駅(きょうとえき)へ行(い)きました。京都の電車(でんしゃ)は線路(せんろ)がたくさんあって外国人(がいこくじん)にはわかりづらい。私は駅員(えきいん)に道(みち)を聞(き)いても2時間(じかん)くらい京都駅で迷(まよ)ったので、困(こま)りました。しかし、私が諦(あきら)めようと思っていたときに立命館(りつめいん)大学(だいがく)の指定(してい)教官(きょうかん)からメールを受(う)け取(と)りました。立命館大学の指定教官は私が道に迷っていると思ったから、そのメール送(おく)ってくれました。指定教官が送ってくれたメールのおかげで、寮(りょう)へ行けました。寮に到着(とうちゃく)したとき、寮のマネジャー、パパさん、と同(おな)じ寮に住(す)んでいる雄一(ゆういち)さんが私を待(ま)っていました。パパさんは私に寮内(りょうない)を紹介(しょうかい)しました。雄一さんは私の32キロ荷物(にもつ)を運(はこ)んでくれました。皆(みな)さんは思ったより私に優(やさ)しくしてくれたので、私は、この寮に住んでいる中(なか)、幸(しあわ)せでした。
 今(いま)考(かんが)えると、この経験(けいけん)は、私に色々(いろいろ)な事(こと)を教(おし)えてくれました。道(みち)の知識(ちしき)を得(え)ただけではなく、日本人(じん)の温(あたた)かさが伝(つた)わってくるのが分(わ)かりました。だから、いい経験できて良(よ)かったとずっと思っています。今でも、その人(ひと)たちの写真(しゃしん)は私の部屋(へや)に張(は)ってあります。
                                ター・パッチャラ


 筆者(ひっしゃ)のター・パッチャラさんは立命館大学へ5か月間(げつかん)短期(たんき)留学し、現在(げんざい)はタイのタンマサート大学で勉強中(べんきょうちゅう)です。ココカ日本語クラスのチューターの皆様(みなさま)にも感謝(かんしゃ)されています。昨年(さくねん)12月の日本語能力試験(のうりょくしけん) N3に合格(ごうかく)、今年7月のN2を受験(じゅけん)予定(よてい)の頑張(がんば)り屋(や)さんです。 
 写真(しゃしん):右(みぎ):パッチャラさん、左(ひだり):水曜(すいよう)午前(ごぜん)クラスのチューター・村上(むらかみ)さん

                 kokoka 日本語チューターブログチーム
 

【日本語チューター】国際化に進む日本と私の夢

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                               劉順児妞(中国人写真家)

新しい日本社会はどんな様子ですか。留学生の私から見ると、新しい日本社会はもっと国際的な社会になっているのではないでしょうか。
 今年は東京オリンピックが開催され、5年後には大阪万博が開催されます。外国人観光客のため、日本の社会発展のために東京や大阪で新しいホテルが建てられ、新しい条約も作られるでしょう。世界各国から来た私たち、また日本社会で私たちの生活を支えている日本の方々がいるからこそ、日本社会はもっと国際的になりつつあります。違う地域出身、違う考え方を持つ人との出会いによって、面白くて楽しい思い出を作れるのではないでしょうか。考え方が未熟な私は日本に住み始めて以来著しく変化してきました。やっと今2年前の私に、日本留学の道を選んだ私にあなたは賢いと言えます。
さっき言ったのは日本はもっと国際的な社会にになりつつあると言うことです。では国際化とはなんでしょうか。
 辞書の定義によると、複数の国家が相互に結びつきを強め お互いに経済的、文化的に影響を与え合うことを指します。
なるほどなるほど。経済的なことは頭のいい人に任せましょう。私ができるのは何でしょうか。自分自身がようやく客観的に見えてきた私の頭に浮かんだのは、この社会に奉仕したいと言うことです。周りの友達の中で、今年のオリンピックでボランティアガイドをする人が何人かいます。私は今能力不足ですけれど、大阪万博の時に自分の力の限り何とかして誰かを助けられるなら嬉しいです。違う文化を持つ人とうまくコミニュケーションが取れるように頑張りたいと思います。
 人生に夢があるのではなく、夢が人生を作るのです。
王 蕭蕭 

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